西炯子「たーたん」日テレ✕小学館実写化で「セクシー田中さん」改悪悲劇、は起こらないと思う

2024年02月10日
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昨日ネットニュースを観ていたら、「セクシー田中さん」と同じプロデューサーで西炯子の「たーたん」を実写化する、という話があったと書かれていました。

一応単行本が出たら買って読んでいますが、まだ未完なんですよね。




女性経験無しの男が、犯罪者となってしまった知人男性の娘を引き取り、実子として育てていくお話。

しっかり者に成長した娘が、偶然出会ったヤカラ系の男に惹かれていくのですが、その男は娘の実父で…

という辺りまで話は進んでいて、一見「うさぎドロップ」のような印象を受けるかもしれませんが、方向性が違うかなぁ。

どう終わらせるつもりかも、現時点では予想し切れません。

で、Xで「西炯子さんのような繊細な方の物語を改悪するな」とか「西炯子先生を守れ」とか、「また何かしでかしたら西炯子ファンは突撃するぞ」的なポストをしている方々がいたのですが…

ザッと見た感じ、その方々は若い方なのか、女性向けの恋愛物を描いている西炯子ファンっぽいな、という印象を受けました。

世間的に話題になったのは「娚の一生」が実写化された時ですしね。







私が西炯子にハマっていたのは、彼女がこういう恋愛物を描く前です。

元々親が買っていたマンガ雑誌で彼女が連載していて、それで「絵がキレイだなー」というのと、今で言うBL設定があったり、恋愛ものでも女性がDV加害者だったり、というテンプレにハマらない世界観が好きでした。

それで当時の既刊本は全て集めて、ウィングス系の「三番町萩原屋の美人」も途中までドハマリ!



お爺ちゃんのはずなのに超絶イケメンで色っぽい、老舗呉服店の粋なご隠居が、ロボットに興味のある地味な学生男子とあれこれ事件を起こしたり、巻き込まれたり、としていくお話…という説明で合ってるかな…?

なのでむしろ「娚の一生」とか「姉の結婚」とかは興味をそんなに持てなかった派なんです。

嶽野と関わる男たちが、恋したり悩んだり荒れたりしていきつつ、BL要素もある過去の作品が好きなもので…



先日電子書籍で買い直しましたが、やっぱり良いなぁって思いました。

この当時からのファンは、直接西炯子に会ったことが無くても、彼女のマンガのあとがきなど読んでいるし、エッセイ「学生と恥」も読んでいるのでは?




昨日この「学生と恥」を調べたら、別のその後に出たエッセイ集に「初めてのエッセイ本」と書かれていてビックリしました。




これが「学生と恥」の再録なのかな?と思ったのですが、Amazonのレビューを読むと違うみたいですね。

「学生と恥」は電子書籍化もされていないし、上巻は高値中古販売になってしまっています。

私は発売時に買って何度も繰り返し読んだ末に、引っ越しの時に手放してしまったのですが…

それを読んだ時に、大学時代の友人の話を「LOVE SONG」でそのまま描いていたと知って驚きました。



このお話は、高校時代に学校の女子生徒と恋人同士になったけれど学校や親に引き離された美しい女性が、大学で出会った穏やかで気弱な男性と付き合うようになり、どんどん女王様化して我儘三昧、DVをしまくるようになる、というもの。

そして、ある日突然学校に来なくなったこの彼を探しに行き、やっと見つけた時にまた殴りつけるのですが…

単にヒステリックな女の話、というだけでは説明出来ない、孤独感や独占欲や自尊心などの入り混じった短編で、一度読んだら忘れられなくなる作品だと思います。

私は「DV=男が女にするもの、女は常に被害者」という目線でフェミニズムを語るより、男も女も人それぞれであって、その上で男女平等であって欲しいと思っているため、女が悪いパターンも物語として読む分には偏りが無くて良いなと思っています。

で、このヒステリックな女性のモデルとなった友人とは、西炯子は大学卒業後に東京でルームシェアをしていて、就職が上手く行かない、社会に適合できない自分を悲観してお風呂で手首を切った、という自死未遂の話までエッセイに書かれていたから読んだ時にはビックリしました。

実家に連れ戻された後は、この友人からコレクトコール(電話を受けた側が通話料を支払う)で何度も怒りの連絡が来て、最後にはお母さんがブチ切れて電話を切ったとか。

このエピソードの〆に、西炯子は

「生きるとは、腹が減ること」

と書いていて、鬱状態でボロボロになっていた時のことは黒歴史のようになり、当時の沿線を見ると堪らない感覚になるけど、それを経て今がある、と達観していました。

私は芦原妃名子さんの作品を読んだことがないのでアレですが、周囲の方の評判や、読者さん達の印象を読む限りでは、西炯子とは違うタイプの方だったんだろうなぁ、と思います。

西炯子の4コママンガとかも、下ネタ入れまくったり、飄々としていたり、アホな人がいっぱい出てくる。

でも、孤独感とか侘しさとか怒りとか、そういう感情を作品に落とし込める方。

ぶっ飛んだギャグと繊細さが入り混じっていた過去作の方が、正直「たーたん」とかより好きですね。

どこかで「女性向けマンガ」に方向転換したのかな?と邪推してしまってますが、でも「シロがいて」とかホッコリ話もそれはそれで好き。

何となく、若者特有の他人からしたら小さな悩みに囚われる方向から、世間の一定数が共感する方向性に行った気はするのですが、ご本人のXを見ると、昔のマンガのあとがきやエッセイと変わりない印象も受けます。
今まで何作か西炯子が原作の実写化があるけど、どれも後期の作品だから、そこが好きな人はJUNE系の頃のものは読んでないのかもな?と思ったため、昔からのファンとしてブログに書いてみることにしました。

多分ですけど、西炯子は「脚本が改悪されてる。自分で書く」と言い出すタイプでは無いと思います。

それは事勿れ主義なわけではなく、ビジネス優先なわけでもなく、自作に愛情が無いわけでもなく、ただ「世の中そういうもんか」と割り切れそうな気がするから。

昔の西炯子は、嶽野に対しても「まだ片想い中みたいな感じだから、コメント出来ない」と言うくらい、自分のキャラに愛着のある人でした。

それで十分売れていたけど、「三番町萩原屋の美人」の連載途中くらいから、「大衆ウケ」も視野に入れ出した気がします。

皮肉っぽいことも言うし、気落ちしても怒っても「こんなことがあった」と書ける人だから、その分編集者やテレビ局や脚本家に、そこまで自分の理想をガッツリ要求しないのでは?

と書くと芦原妃名子さんが拘りの強すぎた人みたいに言ってる風に見えてしまうかもしれないけど、どちらが良いとかではなくて、性格が違いそうってだけです。

芦原妃名子さんは「これを世間に伝えたい!」という思いがあり、それはそれでとても大事なことでしょう。

しかも原作未完の段階だったら、なおさら。

今までの実写化を見てきていると、漫画家さんによりスタンスはかなり違いますね。

羽海野チカは、原作と違う部分もそれはそれで楽しんだ、と言える人。

「ハチミツとクローバー」では原作では皆んなで海に行くことは無かった、となってるけど、実写化では海に行っていて、それを

「そちらの世界では、皆んな海に行けて良かったね」

と、自分のキャラを別の世界線で楽しめる方なのかな、という印象です。

本業はマンガを描く人だから、そこがブレなければ良い、というか、あとがきを読むとスケジュールがギュウギュウな中で必死にマンガを描くだけでもメンタル大変みたいですし、読者とは別タイプの視聴者が何を求めているか?とか、そういうターゲットの違いはデザイナー経験があるだけに納得していそうな気がします。

西炯子も、実写化を観る層と読者は別物、と思えるのでは?というのが私見ですが、どうでしょうか…

今回、「セクシー田中さん」の件で色んな漫画家さんが声をあげています。

ただ、私がずっと買い続けてる漫画家さんは、そもそもSNSをしていなかったり、コメントを出したりしていません。

そして…普段から政治的発言をしたり、有名作はあるけど最近名前を見かけなかったり…という方のコメントばかりが、ネット記事に使われてません?

今って何か言うと、そういうのにネタ提供するだけって感じになるから、私が漫画家なら身内間で話をつけてもSNSでお気持ち表明はしないかなぁ。

いやーほんとに、今もSNSで騒いでる一般人って、普段はそもそもそんなにマンガ読まなそうというか、叩くネタ探ししてる人が多いように見えるんですよね。

そこにネタ投下するのに意味があると思う人もいるだろうし、自作品を色眼鏡で見られたくないとか、思うことはいつか自作で描こうと思う人もいるでしょう。

西炯子は、これに乗じて何か言えば炎上商法に乗っかれる、と思う人では無いと思うし、言いたいことがあれば面と向かって言える人なんじゃないかと思うから、溜め込んで溜め込んで…ということはもう若い頃のことを思い出してやらなそうだな、と思います。

その時に既に家族に散々心配かけたことも思いとどまらせるブレーキになりそう。

あくまでも、私のイメージですが。

マンガの実写化は、昔の名作が注目される機会になるなら、私はそれはそれで悪では無いと思います。

改悪は嫌だけど、もうある程度諦めてるから、「こりゃ失敗だろ」と思ったらそもそも観ないし。

原作買って読んで、その良さを周囲に伝えるだけでも良いからね。

あ、でも、よしながふみは昔から多様性に関わることを描いてきているのに、知らない人が「時代に合わせようとしてる」みたいな誤解してるの見かけるとイラッとはします。

文句言う前に、原作読んでみろやー!と。

その上で、「たーたん」に関しては…私は特に今実写化するメリットが何なのか、まだ完全には分かりません、が、男性の育児が時代に合うと思われたのかな?

冴えない男だけど、娘への愛情があり、優しい、とかも良かったのかな。

反ルッキズムという多様性もあるし。

他にも実写化したら良いのに、と思う作品は色々あるけど、需要と供給のリサーチも難しそう。

脚本家もねー、例の方の最後のポストを読みましたが、もう今はどんな言葉選びをしても叩かれるだろう、と思いました。

何が真実か、なんて、私ら一般人に伝える前に、関係者間でやり取りを終えるのが先でしょう。

しかも人と人なんて、話し合っても理解し合えないことの方が多いしね。

それを理解し、絶望せず、諦めず、自分のやりたいことを続けられるようにする人が、私は理想的だなと思います。

とりあえず、「たーたん」の実写化話は止まったという書き方をされていたけど、もし実現しても、不要なまでに先回りしてファンが騒ぐのは違うと思うので、出来上がったら好きに感想を言い合えば良いのかもしれませんね。

ファンは不満足でも、作者は満足してるケースもあるし。

いつまでもこのネタで週刊誌が騒ぐのは、それはそれで芦原妃名子さんの遺志に反する気もするため、これはあくまでも西炯子ならこうじゃないかな、というだけの話として、今は書き残しておきます。

西炯子の昔の作品、未読の方はぜひぜひ!

私の好きな漫画家さん、BL出身が多いんですよねー。
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