竹宮惠子「少年の名はジルベール 」ネタバレ感想~萩尾望都との関係は北島マヤと姫川亜弓、ではない

2021年05月06日
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多くの人がTwitterで「竹宮惠子の『少年の名はジルベール』と、萩尾望都の『一度きりの大泉の話』はセットで読むべき。竹宮惠子の方を先に読むべき」とツイートしています。

しかし私は先に萩尾望都の方を読んでしまっていて、竹宮惠子の方はどうしようかなぁと考えました。

こちらの方が発行が早いので、もしかしたら図書館で借りられるかもしれない。

でも検索をしたら区内の図書館全てで貸出中になっていて(もしかしたら緊急事態宣言で休館していたのもあったかも?)、いつもの楽天KOBOを調べたら期間限定半額クーポン付きになっていたのもあり、早速購入して一気に読みました。

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ハッキリ言って、私の中で竹宮惠子の評価がそこまで高くなかったため、安く手に入るのが嬉しかった、という本音を書いてごめんなさい。

ただ、やはり「一度きりの大泉の話」と「少年の名はジルベール」をセットで読むことで見えてくるものがあるな、とは思いました。

萩尾望都「一度きりの大泉の話」ネタバレ感想~竹宮惠子、大泉サロンとの決別と確執告白本

ゴールデンウィーク中に久々に萩尾望都の「残酷な神が支配する」を読み、ネタバレ感想を書いた後に、ふと「今、Twitterでこの漫画や、萩尾望都に関心がある人ってどのくらいいるんだろう?」と思って検索をしました。ポーの一族の続編が出ているので、人気はあるはず。でも「残酷な神が支配する」自体は、どんな人がどんな感想を抱いているんだろう?そうしたら、萩尾望都が新刊で竹宮惠子やBLについて触れている、というツイート...



正直私には、竹宮惠子の方を先に読むべき、という意見には全面同意は出来ません。

萩尾望都と竹宮惠子の文章構成の違いもあり、個人的には先に萩尾望都の方を読んで私は良かったかな。

情緒的な感情がメインのフワフワとした萩尾望都のエッセイに対し、竹宮惠子のエッセイは時系列や設定がとても明確で、ある意味解説書とも受け取れました。

勝手な思い込みですが、「先に竹宮惠子を読むべき」と言っていた方々は、

「萩尾望都の方を先に読むと、竹宮惠子が冷淡な自信過剰な人に思えてしまう。

そうじゃなく、彼女は彼女なりに悩んでいたことを知ってから、加害者と被害者の言い分を聞いて欲しい」


というような意図があったんじゃないかな?

もしくは

「萩尾望都のエッセイはフワッとしているので、それを読んで想像で補うのは大変だから、理論立てて時系列で書かれている竹宮惠子の方を先に読んだ方が、理解しやすいのではないか」

と思ったのかもしれません。

そのくらい、竹宮惠子のエッセイは文章力が高いと褒められていました。

萩尾望都の方は口述筆記な部分もあったようですし、また明確に竹宮惠子と増山さんから盗作を疑われたこと、絶縁していることをハッキリと書き、「著作も読んでいないしもうこの件は話さない」と言い切っているため、かなりキツイ印象は確かに受けます。

この二人の関係を「ガラスの仮面の姫川亜弓と北島マヤのようだ」と評する人たちもいます。

環境にも才能にも恵まれ、努力もしている姫川亜弓が竹宮惠子。

無自覚なまま天賦の才能を持ち、周囲の支えもありながらも閃きのように成長するキッカケを見つけて駆け上がる北島マヤ。

そんな北島マヤの才能を恐れる姫川亜弓、という構図は、確かに遠くないのかもしれません。

ただ私には、まだ未完結の「ガラスの仮面」の登場人物で語ること、同じ紅天女を目指して競う2人と、漫画家として自身と作品に向き合う2人は、やはり別物だとも思います。


とても印象的だったのは、竹宮惠子のエッセイでは「萩尾望都とこんな話をして楽しかった」という、楽しかった思い出、彼女の漫画の絵、構図等技術を高く評価する言葉がとても多かったことです。

萩尾望都は「竹宮惠子さんは私より売れっ子で、自信満々な人」と思っていたようですが、竹宮惠子のエッセイではスランプ状態に苦しんでいたことが書かれていました。

そこは竹宮惠子もプライドがあって、萩尾望都には見せなかったのかもしれない。

萩尾望都も自身のことで忙しくて、気付かなかったのかもしれない。

気付いていても、作家に踏み込むべきじゃないと思ったのかもしれない。

萩尾望都は竹宮惠子との会話のやり取りをほぼ記載していませんが、竹宮惠子の方は色んな話題を振っていたようです。

それに対し、萩尾望都は言葉少なにポツリと答えたり、笑顔でいたりしていたそう。

これは萩尾望都が「私はスローモーだから、どんくさいから、揉めたくなくてあまり言えないから」等過小評価するように自身のことを書いていましたが、単純に性格や感性の違いにも見えました。

竹宮惠子の方は「盗作疑惑」に一切触れていなかったので、そこは意外です。

もう覚えていないのか、書きたくなかったのか、分かりません。

萩尾望都が一番ショックを受けた内容の発言に、竹宮惠子は触れていない。

これはもしかしたら増山さんや、周囲の人の言葉があって起こった話であり、竹宮惠子自身は盗作だと思っていなかったつもり、なのかもしれない。

あくまでも竹宮惠子は「萩尾望都と自分を比較してしまうこと、追い詰められることに限界を迎えた」と書いています。

また「少年愛」に竹宮惠子は拘っていたけれど、萩尾望都の描いた少年愛にカテゴライズされるであろう漫画のタイトルは出しても、内容には触れていませんでした。
萩尾望都はエッセイ内で、山岸凉子に「あなたには嫉妬が理解できないでしょうね」と言われた、と言っていました。

恋愛や贔屓などの嫉妬は分かるけれど、漫画に対しては作家それぞれのものなので、比較することではない、と萩尾望都は思っていたようです。

でも理論立てて物事を考え、先を見据える竹宮惠子には、同じ編集者が萩尾望都の作品は丸ごと受け入れ、竹宮惠子を問題児扱いするような状況に不安を覚え、体重が42kgに落ちて自律神経失調症になった、という部分もある。

絶縁を宣言された後に萩尾望都も鬱状態になったそうですが、これはもう…どちらの価値観も、言い分も、間違ってはいないはず。

私は二人の絵は似ていないと思っていたけれど、竹宮惠子のエッセイの後半にでていた漫画の絵を見ると、確かに少し似ているなとは感じました。

もちろんそれは、一緒にヨーロッパ旅行をしたりしていたし、当時の流行もあったからでしょうけれども。

このヨーロッパ旅行に関しては、本当に竹宮惠子の方は日程や食べたもの、見たものや会話が明確に書かれていて、面白かったです。

萩尾望都は竹宮惠子のことをあまり思い出したくなかったのかもしれないけれど、そんなに明確には書いていませんでした。

エッセイと漫画だけで作品を評価することは出来ますが、人間性までは分かりません。

ただ竹宮惠子は増山さんをブレーンとして漫画を書き続けたこと等を思うと、他人の目をとても気にする方だったのかな?と感じました。

一方の萩尾望都は、マイペースに好みに合うものをスルスルと飲み込み、消化し、アウトプットしていたように感じます。

竹宮惠子のエッセイだけ読むと、萩尾望都と距離を置いたことにより、やっと自身が満足の行く漫画が描けるようになっていた、という風に受け取れました。

萩尾望都の方は、過去も今もずっと同じ感覚のまま、好きなように仕事をしている印象があります。


その大きな違いの一つに、「過去」と「今の流行り」をどれだけ意識するか、というのがあるのかもしれません。

先日手塚治虫文化賞を山下和美の「ランド」が受賞しましたが、彼女はその前にエッセイの「数寄です」で、編集者から「もっと映画や本に触れてインプットしていかないと、古びる」と脅されたことを書いていました。

私は実は「ランド」は6巻あたりまでしか読んでいないのですが、それまでの彼女の作風とはだいぶ違う題材でしたね。


ランド(1) (モーニングコミックス)

よしながふみの対談集で「くらもちふさこ、いくえみ綾は、その時代に合わせて絵柄や話を変える」というようなことが書かれていた記憶がありますが、そういう意味では萩尾望都はそこまで大きく変化せずにここまで50年描き続け、そして古びていないことに驚きます。

海外の美少年を描いたり、ヨーロッパではなく現代の日本をテーマにしたり、SFにしたり、原爆反対を訴えたり、ほのぼの系を描いたり、と幅はあるけれど、どれも萩尾望都の絵で、特に時代を意識しているとは思いません。

でも古びるわけではなく、やはりずっと美しい。

他の芸術作品と同じで、絵の成長はあっても、良いものは良い、というスタンスのまま。

双方のエッセイを読んだ方が「竹宮惠子は明瞭に好き嫌いが分かれていて、それを公言している」と書いていましたが、ブレないのは萩尾望都の方かもしれません。

萩尾望都は面白いと思えば、勉強のつもりではなく純粋に漫画が好きだから、BLでも何でも読む。

他の人がどうとか、最近の傾向が、とかではなく「ただ、面白い漫画が読みたい」という純粋さを感じます。


あくまでも私の個人的感想ですが、やはり「萩尾望都は福岡出身の女性だな」と改めて思いました。

同じ福岡出身のタモリが「ブラタモリ」で言っていましたが

「福岡の人は、古い歴史のあるものに興味がなく、新しいもの好き。

だから城跡も平気で壊して別のものを建てちゃうし、古いものを残そうとしない」


という話、結構納得しています。

両親が福岡と佐賀の出身ですが、よその親御さんの話と比べると、新しい物好きですね、確かに。

父は理系なのもあるでしょうが、PCやiPodやスマホは率先して買っていたし、多分今私の職場にいる60歳前後の男性よりずっと使いこなしています。

頑張って若い人についていこうとしているわけではなく、単純にそれが便利そうだし、調べて使いこなしたいっぽいですね。

伝統的な古くて良いものも好き、新しいものも好き。

新しかろうと古かろうと、良いものが好きってことだと思うし、それは私も分かります。

それでも「パソコンは苦手だから」といつまでも覚えたくない素振りをするおじさん、結構多い!

竹宮惠子はそこまでではなく、70代になってデジタルに手を出すなんてすごい、とTwitterで言われていましたが、私からすると、同世代のウチの両親でも「あら便利じゃない」と思えばデジタルに手を出します。

何となくですが、徳島出身の竹宮惠子に比べると、萩尾望都は本当にマイペースに「良いものは良い、それだけ」という感覚が強かったのでは?


もちろん二人の確執の一番大きなポイントはそこではないのでしょう。

「傷付けた方は、自分にも理由があったし、でも良い思い出にしてる」かもしれないけど

「傷付けられた方は、未だに辛くて思い出したくも無い」という、加害者と被害者の構図になっているのかもしれない。


まぁ萩尾望都に悪意は一切ありませんしね。

竹宮惠子が必死になって調べて集めた資料などを、萩尾望都がパラパラと読んで吸収したり、自分の隣で面白いアイデアを膨らませていくのが怖かったんだろうな、というのは想像ができます。

萩尾望都が北島マヤだと言われるのは、こういう比較の気持ちを持たずに

「竹宮惠子さんはすごいな~、私とは別の世界の人だな~私は私で頑張ろうっと」

と切り離して見ていた部分なのかな?

あ、竹宮惠子のエッセイで特に面白かったのは週刊連載のペースの話でした。

「火水でネームを編集とやり取りしながら描き、木金でペン入れをし、下手すると土日までかかる」

今ハマっている「呪術廻戦」は週刊ジャンプ連載なので、このペースで描きながらアニメやグッズや映画のチェックをしているのかと思うと、いくら若いとは言え芥見下々先生が心配…

今3週間が空いてて寂しいけど…早く続き読みたいけど…大変よね…

竹宮惠子がそんなペースで追われてスランプになりながら漫画を描いている脇で、月間連載の萩尾望都が着々と作品を仕上げ、双方が信頼する編集者からキチンと評価されている。

なのに、竹宮惠子がずっと描きたがっている「風と木の詩」はなかなか載せてもらえない。

そりゃ…辛かったろうなぁ…

でもその気持ち、萩尾望都には「人にはそういう感情があるのね」と思うくらい、なのかな?

彼女の漫画の中にも、嫉妬に狂うシーンはたくさん出てくるのだけど。

萩尾望都の周囲の人が、彼女にこの竹宮惠子の本を読むよう勧めるのは当然のことだと思います。

でもあの時の傷があったが故に、萩尾望都は他の作品を描くことが出来た、という気持ちもあるのかな?

だから今更、理由も何も知りたくないのかもしれない。

エッセイの感じだと、怒りをまだ抱いている風には受け取れたけど…それはそれで、彼女の原動力なのかもしれないし。


そんな二人のエッセイを読んでいる間に、Twitterでは「BL嫌いの腐女子もいる」という意味の分からないツイートがトレンド入りしていました。

言い出した方は40代後半のライターさんだったようで、その世代なら「やおい」とか「JUNE」とか知っていて、「腐女子」や「BL」の定義も知ってそうな気がするけど、なんでそんな勘違いしたんだろ?

反論ツイートも色々読みましたが、「っていうか反論してる人たち、竹宮惠子と萩尾望都、読んだことある??」みたいな言葉が多かったです。

「あ~おばさんだから、情報のアップデート出来てないんだ~」

なんて揶揄するツイートも出回っていてビックリしましたね。

私は腐女子とかBLの定義、よしながふみ、今市子、三浦しをんのエッセイで知ったけど、あなたの情報源はどこ??

アラフォーの私は、自分より上の世代の現役売れっ子漫画家さんから今の漫画界の話の分析を読ませてもらっているけど、それを「古い」とか「アップデート出来ていない」とか、「二次創作好きと商業BL好きは別物」なんて意味わからない定義で揉めてる人らに言われても、ねぇ。

とりあえず、漫画を語るならこのお二人のエッセイを読んでみようぜっ。

きっと「お勉強みたいで面倒~」とか言うんだろ??と思うおばちゃんな私…

萩尾望都なら絶対にそんなこと思わないでしょうね。

竹宮惠子なら、順序立てて「JUNE」「やおい」「同人誌」「BL」「二次創作」「商業BL」の違いを語ってくれるでしょう。

何しろこの間まで漫画の学科で教授していた方だし。

その方々に「今の時代は~」と言うのは、BL創世記を作った人に対して失礼、ということも分からない人なら、お好きにどうぞ、だわ…

私は古くても良いものは良いし、新しい良いものも吸収したい。

そういう意味で、このお二人の本を読めて良かったです!

お二人の存在があって、私が小中高生時代からずっと好きになった漫画作家さんたちがどんどん生まれていったのだと思います。

まだ現役の方に「お疲れさまでした」は言えないから「これからも、よろしくお願いします」と言いたいです。
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