「THE BOYS IN THE BAND」Netflix版ネタバレ感想~BLとLGBTQは別物

2020年10月05日
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ライアン・マーフィーのドラマを立て続けに観ている流れで、最新の映画「THE BOYS IN THE BAND」を観ました。



Netflix配信なのに、どうして映画カテゴリーなんだろう?

今連日観ている「ビッグバン・セオリー」のシェルドン役、Jim Parsons(ジム・パーソンズ)が主人公のマイケル役を演じています。

事前にWikipediaで内容を読んでしまっていたのですが、この映画の大元は「初めてゲイを真っ向から扱い、大ヒットした舞台」とのこと。

日本では今年、安田顕が舞台をやっていて、そのため「ボーイズインザバンド」で検索すると安田顕が出てきます。

邦題は「真夜中のパーティー」。

ゲイ友達の誕生日パーティーの日に起こったお話、なのでこの邦題なのでしょうが、実際には真夜中では無かったと思う…

主人公Michael(マイケル)は大学卒業まで周囲にカミングアウトしていなかったゲイ。



裕福ですが、生活費は彼が稼いでいるわけじゃない、というようなセリフが何度かあり、でも特定の恋人やパトロンがいる風でも無かったのは謎。

マイケルの家で友達の誕生日パーティーをすることになり、慌てて準備をしている時に、大学時代の友人Alan(アラン)から

「今ニューヨークに出張で来ているから、会いたい」

と電話がかかってきます。

アランを演じているのはBrian Hutchison(ブライアン・ハッチソン)、写真左。



アランはストレートなのでゲイのパーティーに招くのは場違いと感じ、マイケルが「予定がある」と伝えると、電話の向こうで普段はシッカリしているはずのアランが泣き崩れてしまいました。

異変を察してマイケルは自宅に招きますが、アランもこの後ビジネスパーティーがあるからと、翌日のランチの約束をします。

パーティーのメンバーは、パニック症を持つ掃除夫で、めちゃくちゃイケメンのDonald(ドナルド)。



演じているのはMatt Bomer(マット・ボマー)、「The Sinner」を観た時にめっちゃイケメンと思ってた方なのですが、同性婚していて3人のお子さんがいるんですね!

もうすぐ43歳には全然見えない美形だわ…

ドナルドは穏やかで読書好きの好青年で、マイケルの家に一番先にやってきます。

他のメンバーは、数学教師で妻子がいるけれども、現在は離婚調停中かつ恋人のLarry(ラリー)と暮らしているHank(ハンク)。

演じているのはTuc Watkins(タック・ワトキンス)。

自由恋愛主義のプレイボーイでハンクの恋人ラリーを演じているのはAndrew Rannells(アンドリュー・レイノルズ)。

写真の左がハンク、右がラリー。

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One week till...

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バリバリのオネェキャラ、写真右のEmory(エモリー)を演じるのはRobin de Jesús(ロビン・デ・ヘスス)。



心優しい黒人のBernard(バーナード)を演じるのはMichael Benjamin Washington(マイケル・ベンジャミン・ワシントン)。



お誕生日を迎えたハロルド(Harold)は、女王様気質と言うか…皮肉タップリの言葉をボエムのように投げかけてくるタイプ。



演じているのはZachary Quinto(ザカリー・クイント)。

そして、エモリーがハロルドの誕生日プレゼントとして一晩雇った男娼・カウボーイ。



演じているCharlie Carver(チャーリー・カーヴァー)は、「ラチェッド」にも出ていましたね。


続々とメンバーがマイケルの家に集まり、楽しくパーティーを始めていたところに、アランがやってきました。

ドナルドが親切にアランにお酒を渡したり、キチンとした男性のルックスをしているハンクと妻子の話をしたりしますが、アランはマイケルと二階に上がった時

「あのエモリーってのは、何だ?

まるでオカマみたいな動きして」


とエモリーを侮辱します。

この言動に怒りを覚えたマイケルは、酔って翌日醜態を晒すのに疲れて止めていたお酒を飲み、そしてメンバーにゲームを持ちかけました。

「1番愛している人に電話をする。

相手が電話に出たら1点、

自分の名前を名乗れたら2点、

『愛している」と言えたら10点」
皆んな電話をかけるのを嫌がりますが、マイケルに押し通されてバーナードが電話をかけることになります。

冷酷な口調でゲームを押し通し、採点するマイケル。

電話の相手は幼少期に住み込みで働いていたお屋敷の息子で、かつてお互い全裸でプールに飛び込んだりしたことがあり、その時のことをバーナードは美しい思い出としていました。

かつての想い人は結婚と離婚を3度している、と母から聞いていましたが、いざ電話をするとお屋敷の奥様が出て、「息子はデートに出掛けている」と言われてしまいます。

離婚を繰り返す彼に仄かな期待を抱いていたバーナードは、やはり彼はノーマルなのだと身にしみ、電話を切ると涙を流しました。

それを見かねたエモリーは、中高生の時に好きだった人に電話をかけることに。

ずっと好きで、彼が歯医者になったらそこに通い、プロムの日に

「友達になって下さい」

と伝えた男性でしたが、そのことを彼が恋人の女性に話し、学内中で噂にされた、という苦い思い出がエモリーにはありました。

電話自体は繋がったのですが、エモリーが「かつての友達で…」と名乗ると、切られてしまいます。

打ちひしがれるバーナードとエモリー、そしてドナルドを口説く素振りを見せるラリーに苛立ったハンクが、次に電話をかけることになりました。

彼が電話をしたのは自宅アパートで、電話交換のスタッフに

「ラリーに『愛している』と伝えてくれ」

とメッセージを残し、10点を獲得。

自由でいたい、でもハンクの愛を改めて再認識したラリーは、次に室内のもう一つの電話を使ってマイケル宅に電話し、そしてラリーに

「愛してる」

と伝えました。


ハンクはノーマルと思っていたアランは呆然。

そんなアランにマイケルは

「君も愛してる相手に電話をしろ!」

と詰め寄ります。

マイケルは学生時代、アランの親友だった男こそが彼の1番愛する相手だ、と思っていたのです。

何故ならその相手とマイケルはハッテン場で会ったことがあり、そして当時「アランに捨てられた」と嘆いているのを聞いたことがあったから。

アランはノーマルのフリをし、家庭を持ち、ゲイを馬鹿にした発言をしているけれども、実際には彼本人もゲイに違いない。

そう強く確信を持ってマイケルはアランに電話を渡しますが、彼が電話で「愛している」と伝えたのは、奥さんでした。

2階のベッドで愛を確かめ合うハンクとラリーはそのままに、これにてパーティーはお開きとなります。

マイケルはドナルドと一緒に片付けをしながら、酔った勢いで酷いことをしてしまった、と後悔し、泣き崩れました。

ドナルドは優しくマイケルを抱きしめ、安定剤を飲ませ、落ち着かせます。

「アランはゲイのはずだ、と思い込んでいた自分こそ、ゲイである自分を認められていない」

その事実を再認識し、せめてもの救いを求めてマイケルは深夜ミサに向かいます。

神に祈りを捧げるマイケル、本を読みながら帰りを待つドナルド、ベッドで抱き合うハンクとラリー、カフェで慰め合うバーナードとエモリー、カウボーイと自宅に向かうハロルド。

そして、ミサの帰り道に車道を走るマイケルが映し出されて終わりました。


ストーリー自体はシンプルなのですが、とにかく皆んな口が達者で、嫌味合戦がすごい!

その上昔の設定のお話なため、差別用語がバンバン出てきます。

友達のはずなのに、マイケルがバーナードが黒人であることを馬鹿にした発言をしたり、と、こんなシーンよく今流すな…と思う部分もありました。

ただそれが当時の現実なのだろうし、臭いものに蓋をするように隠すのは違うのかもしれませんね。

最近ライアン・マーフィーはこういう少し昔の設定のドラマをいくつも作っているけど、それを今観るからこそ気付ける「無自覚な差別」というのもある気がします。

いやーしかし、ジム・パーソンズの演技はすごい!

「HOLLYWOOD」の時の上品さと冷酷さ、「ビッグバンセオリー」のコミカルさを混ぜた感じの役でしたが、長身でスラリとしていてしなやかな動き、素敵です。

「ビッグバンセオリー」シェルドン(Jim Parsons ジム・パーソンズ)が可愛い!

以前同僚から「HULUで『ビッグバンセオリー』を観てるんだけど、面白いよ!」とオススメされ、シーズン1を途中まで観たことがありました。が、その時はイマイチ、シットコムと言われるアメリカのコメディのノリについていけず、字幕を読むのも面倒になってしまったのですが…英語の勉強を始めてから、やはり英会話の勉強にはアメリカドラマ、特にシットコムのビッグバンセオリーがオススメという記事をよく見かけるため、Netflixで昨...


観終わった後、ちょっと重たい気持ちになる作品でしたが、でも観て良かった、と思います。

ちょうどこの映画を観る前に、友人と「BLとLGBTQ」に関して話していました。

友人は「窮鼠はチーズの夢を見る」の映画の取材で行定勲監督がした発言が炎上しているのもあり、そして以前からLGBTQや性差について気にして色々調べる方なので、色々思うところがあるそうです。

ただ、私はBLはあくまでもファンタジーであり、LGBTQと並べて考えるものでは無いのでは?と思っています。

もちろん、どちらも差別表現が無い方が良いけど。

「窮鼠はチーズの夢を見る」は「BL」だけど、ライアン・マーフィーのドラマや映画は「LGBTQ」を扱っている、と認識していて、そこを無理矢理結びつける必要性は無いと思うんです。

男性がエチエチな動画や漫画を見ていても、現実の女性とは別物と認識して入れば、そういうのを見ること自体は否定できない、ってのと同じじゃないのかなあ。

もしくは「本物の人は薔薇族を読み、女はBL本を読む」みたいな。

当事者でも無いのに、「LGBTQについてちゃんと調べて、無意識に傷付けないようにしないと!」と友人は奮起しているのですが、私はそれこそ傲慢にも感じていて…

だって、そうやって「特別視」すること自体が、「差別と区別の違い」の境目に入り込んでいないかな?

うーん、このテーマはまたちょっと後で考えて書こうと思います。

この映画自体は「LGBTQを扱う」ということ以上に、友情とか、プライドとか、思い出とか…そういうものをアラフォーになってから改めて考えるもの、だったと思うので、男性でも女性でも楽しめる作品だと思いました。

「自分はレイシストじゃない」と思い込んでいるけれど、実際はどうなんだろう…?

そんなことも改めて気付かされる映画です。

私なら誰に電話するだろう?いや、電話に出てくれそうな相手、思い当たらないや…という寂しい現実にもぶち当たりました…辛い…でもオススメ、です。
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