芸能人の三浦春馬へのSNS追悼コンテンツをまとめるマスコミに不快感

2020年07月20日
ストレス・鬱 0

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この土日は、Twitterを開くとトレンドに三浦春馬の追悼の声まとめが出てきていて、つい開いてしまったりしました。



こうやってリンクを開くからまた次々とこういう追悼コンテンツが出てしまう、というのは分かっているし、つい見てしまう野次馬根性が我ながら嫌だなと思うのですが、気になってしまうのは確か。

土曜日の時点で速攻でこの特集に入っていたのはヒカキンで、

「あーYouTuberは、早速こういう追悼コンテンツに乗っかるよね」

と思ってしまう自分がいます。



この投稿の後には普通に自分の動画の宣伝ツイートをバンバンしていて、なんかこう…追悼さえも宣伝に使ってるみたいに見えるなぁ…

しかし思い返すと、自分の好きな芸能人が、こういう追悼ツイートをしているのは見たことがありません。

私は今現在は、B'zの稲葉浩志さんと、新田真剣佑と中村倫也と菅田将暉というトップコートに所属している俳優さんが好きですが、稲葉さんは個人でアカウントを作っていないのでプライベート発信は無し。

そして多分トップコートは、事務所ルールでこういう時に自由に発信しないようにしているのかな、と思っています。

共演者が逮捕された、とか亡くなった、とかあっても、災害などがあっても、トップコート所属のこの方々は発言しないし、そもそも頻繁にプライベートなことは書かないような。

菅田将暉はラジオで志村けんの追悼をコメントしていたこともありますし、松坂桃李が遊戯王などゲームのことを突然つぶやいたり、新田真剣佑もゲームのことを投稿したりはするけれど、これも個々にルールがあるようですね。

菅田将暉に関しては、「Twitterはマネージャーさんが管理している」と発言しています。

新田真剣佑に関しては、公的に発言はしていないけれど、Instagramではステマしまくっていた時期があったため

「事務所はSNSの管理をしていないのかな?」

と不安に思ったこともありました。

中村倫也は今はブログの更新をしていませんが、以前は文章を書いた後にマネージャーさんに送り、マネージャーさんが投稿作業をしていると発言していたこともあります。


アレコレと思ったことを好きにツイートしたり、Instagramに投稿したり、ブログに書く芸能人は多いですし、今回も三浦春馬への追悼を書く芸能人はたくさんいて、そしてそれを取り上げるメディアもたくさんありました。

野次馬として、「へーこの人とこんな交流があったんだ」と知りたいと思う自分もいる。

ファンだったとしても、知らなかったエピソードが知れたり、写真が見られたりするのを良いとする人もいると思う。

バラエティ番組でもコメンテーターが追悼のコメントを出し、それがまたネットニュースにまとめられたりして、それを読んでしまったりはする、んだけど…

私は訃報を受けて速攻で「ご冥福をお祈りします」と言えてしまう人の気持ちが分かりません。

一般人の投稿でも、そういうのたくさん見たけど…

そして本当に、自分でもそういうの読むなよ、と思うけど、三浦春馬が悩んでいたであろうことへの妄想を書き連ねる人が多いことに「やっぱりなぁ…」とモヤモヤしました。

仕事を詰め込みすぎた事務所のせい

家庭環境のせい

ネットの誹謗中傷のせい

独身だったから孤独だったはず、結婚していたら違ったはず…


追悼コンテンツに乗っかって、こういう憶測が飛び交うこと自体が、またメディアに利用される。

今こうして私が書いていることさえ、それに含まれるんでしょうね。

個人個人思うところがあり、何か言いたいと思うものだし、そういう影響力のある方のニュースでした。

ただ、0か100、白か黒、で分けられる話ではないというか、「ここまではアリだけど、ここまではナシだろ」と思ってしまう線引はあります。

そういう意味では、トップコート所属俳優がSNSで発言しないのは良いやり方だと思います。

本人の発言に、更に憶測を乗せて拡散されてしまいますから…
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多分こういう考えもあってか、匂わせでなんとなく三浦春馬への追悼の気持ちをこめてInstagramのストーリーに投稿しているのかな?と思うやり方をした芸能人もいました。

賀来賢人がSNSに誹謗中傷を止めるような投稿をしたことも、三浦春馬のことでは?と言われていましたが、それは真相は分かりません。

映画の良し悪しを投稿する人について発信した可能性もあるタイミングでしたし。

綾野剛が空の写真とポエムを投稿していたような、前向きにしようとしている姿を出す方もいたみたいですね。

そういう匂わせ自体をアレコレ言う一般人もいて、本当になんかこう…

SNSは自由に発言して良い場ではあるはずだけど、でも世界に向けて発信するものなので、受け手のことを考えて出さないと諸刃の剣になるな、と改めて思いました。

「こういう追悼の時は、こういう投稿をするのが一般的」とか「好感度が上がる」とか「話題を集められる」とか「自己満足でも書きたい」とか色々あると思うけど、受け手からしたらその方法を考えている時点で

「本当に今、発信するタイミングなんですか?」

と思ったりもします。

もちろん自分自身へのファンに向けて「今回の訃報にショックを受け、私はこう思いました」と発言することにより、芸能人が自身のファンに感情を伝えるという目的もあるでしょう。

私も新田真剣佑は三浦春馬と親しい様子を過去に投稿していたので、ショックを受けているだろうなと思ってしまいます。

でも安易に追悼コンテンツに乗っからない方が良いと思ったので、TwitterとInstagramではそういう投稿をしていなかったことに、ちょっとホッとしました。

ファンでも無い人も見る場で、親しかったアピールとか、今するのは微妙だもの…


私がこういうことについて考えるようになったのは、自分の同級生が亡くなった時、ついつい思いをSNSに書き綴ってしまったのがキッカケでした。

その後他の同級生たちも次々に投稿していたのですが、徐々にポエムのようなこと、匂わせのようなことを書く人が現れたり、昔付き合っていた頃の写真を投稿し始める元カノとかも出てきていて、

えぇー…そんなことまで、訃報でショック受けてる今、知りたくなかったな…と感じました。

勝手に読んだ、と言われればそれまでなのですが。

その後も一周忌とかにまた恋愛関係だったことを匂わせる投稿していた子がいて、でも周囲に聞いたら実は彼を弄んでたメンヘラだったと聞いた時のモヤモヤと言ったら…

追悼コンテンツに乗っかる人って、変な人も混ざってるってことなんだな、なんか嫌だな、と思ったものです。

今ショックを受けている自分の気持ちを吐き出したい、誰かに聞いて欲しい、というのもあるとは思いますが。

ただ三浦春馬への追悼コンテンツは、本人ではなく世間に向けたアピールだろってのがたくさんまとめられていて、それはまたやはり違う気がします。

「また天国で会おうね」

とか、私はちょっと意味が分かりません。

それがフォーマット化された文面だというのは知っていますが、SNSで発信すること、なの?

「また天国で会ったら飲めるくらい、自分たちは仲良かったんです」ってアピールにも見えてしまうけど…

で、そういう意味合いで取ってメディアがまとめるのに使う、というのが何だかね、もうそれは故人を離れた話になってるんじゃないかなと思います。

もし本当に悩み相談を受けていた人がいたとして、そういう人が今

「あ〜彼はコレについて悩んでて、数日前もこんな話を聞いて〜」

とか語りだしたら、売名に見えて嫌な感じがします。

現時点でそういう話をしている人はいず、だからこそか、マスコミは自宅マンションや実家に駆けつけているようですね。

ホント、そんな記事開くなよと思いながら開いてしまい、後悔しました…

自宅マンションに献花に訪れるファンの写真と、勝手に物を置くファンを批判するコメントが並ぶ記事、なんて、もう追悼とは…な状態でした。

ただ、そういう風に取り上げられる方法を、三浦春馬は選んだんだなと思います。

私はやっぱり、ご冥福をお祈りしますとか言える気持ちにはなりません。

色んな人が世の中にはいるけど、でもこういう時にパターン化した思考、言動になる人がたくさんいて、それを良しと思わない自分がいるな、とは改めて思いました。

アクセス数稼ぎがあるのでしょうが、死因が死因のため、Twitterにはこういう追悼の声まとめはしないで欲しかったかな。

そして、それに乗っかるように見えるやり方をしない芸能人は、信頼できる気がしてしまうかな、と個人的には思います。

そういう人が多ければ、こういう追悼コンテンツは無くなるのか分かりませんが…

美化して良い話ではないので、そういう方向に持っていこうとする人に対しては、とてもモヤモヤしてしまいました。

私はこういう選択をした人に対して速攻で「これからは、ゆっくり休んでね」とは言えないし、言いたくありません。
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