呆け始めた82歳の叔母に会ってきた

2019年11月30日
旅日記
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福岡に来てます。

菅田将暉主演の舞台「カリギュラ」久留米シティプラザ公演チケットを取り、夕方公演の前に叔母と従兄弟に会いに行きました。

今年82歳の叔母が呆け始めている、と夏に母が言っていて、もし私1人で行ったら誰か分からないかも、ということでしたが、まだ私のことは覚えていたみたいでホッとした、けど…

自分の娘や孫、他の従兄弟姉妹やうちの兄が、今どこに住んでいるのか?何歳になったのか?結婚はしたのか?は、覚えていません。

それなりに覚悟していたので、

「話し方はちゃんとしてるし、自分でコタツを出したりも出来るし、久々に会う姪の記憶なんてこんなもんじゃない?」

と最初は思っていたのですが、

「ウチのお兄ちゃんのこと、◯◯のこと覚えてる?」

と聞いたら、可愛いく笑いながら

「覚えてない」

と言われた時には、自然と涙が出てしまいました。

まぁ、兄は私より叔母の家に来る機会は少なくなってるので、仕方ないとは思うんですけどね。


母とかなり年の離れた叔母なので、私にとって叔母というよりは祖母という感覚。

元々、昔から同じことを何度も言う傾向があったので、呆けたと言ってもそれがもっと進行しただけ、とも思えます。

何度も私に「いくつになったの?」「結婚はしたの?」と聞いてきていたけど、それはもう呆けなのかボケかツッコミなのか?という気もしました。

ただ、母と従兄はそんな叔母の様子に耐えかねてしまっていて、何度もイライラした口調で叔母の話を止めるため、それにも私はショックを受けましたね。

独身でアラカンの従兄と二人暮らしのため、日中はほとんど1人で過ごしているそうです。

そして、これまで何度か母に電話をかけてきては

「あなたは、どなたですか?」

と言うそうで、母はそれがキツイみたい。

「お姉さん、寂しいんでしょ?

寂しいから誰かと話したくて私に電話してきて、なのに自分から電話したくせに『あなたは、どなたですか?』って聞いてきて」

と母がイラついた口調で言ってたけど、いやー、もう母もねー、実の姉が呆けたことを受け止めきれなくなってるっぽいんですけど、側から見たら叔母が可哀想で…

従兄もキツくなっているようですが、でも先日デイサービスの契約をすることが出来たから、これからそこでリハビリをしていけば良くなるかも?とのこと。

私はその辺、周囲の人から聞いた話しか知識は無いけど…

でも80代で一人暮らしをし、炊事洗濯をこなしている方の話はよく聞きます。
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叔母は自宅周辺に友達がいず、元々引きこもりタイプでした。

半年前までは自転車に乗れていたけど、今はもう無理だそうです。

ゆっくりゆっくり歩き、家を出る時も支度にモタつき、ご飯を食べたかどうかの記憶が時々曖昧になっている様子。

それでも母の希望で「久留米荘」にうどんを食べに行きました。



久留米出身の吉田羊が、以前岩田屋の中にある久留米荘のうどんを紹介し

「高校生の時よく食べてたんです。

柔らかい麺で独特の魚の出汁が美味しい」

と言ってましたが、確かにとっても柔らかい!

皆んなでごぼう天うどん500円を食べました。



ちなみに岩田屋等の支店は全て無くなり、今はこの本店しか無いそうです。

きっと、叔母とご飯を一緒に食べるのは、これが最後なんだろうなぁ。


叔母は家でも車中でも、何度も母に

「どこでお父さんと出会ったの?

何で佐賀の人と結婚することになったんだっけ?」

と聞いていました。

2人の出会いは博多の方で、父が学生時代に出会って同棲して、結婚して東京に行った、という記憶が、叔母の中で繋がらなくなっているみたい。

呆けても昔のことは覚えているもの、と言いますが、断片的にしか覚えていない分、混乱するってこともあるんですね。

以前孫のことを私の名前で呼んだ、という話を聞いていましたが、叔母に

「孫の◯ちゃんのことは覚えてる?」

と聞いてみたら、キョトンとした顔をして黙って笑っていたため、もしかしたら孫のことももうちょっと分からないのかもしれません。

私には「東京にいるんだっけ?親と暮らしてるの?」と何度も聞いてきました。

これはね、ウチが転勤族で皆んなで転居しまくってるので、叔母の記憶が混乱するのも無理は無いんですけどね…

私は所詮、遠くの親戚。

だから綺麗事として、叔母の呆けをただ悲しんで泣いて、「もう会って話せないかもな」と寂しく思うけれども、母や従兄姉はもっと切実なんだろうな。


髪がほとんど無くなって、シミシワが増えて、小さくなった叔母。

でも目がとてもキレイで、その目にじっと見つめられた時のこの気持ちを、ちゃんと覚えておきたいなと思い、書き残しておきます。

ここ10年くらいの間に3回ほどしか会っていず、そして別れの時に必ず

「もう、会えるのはこれが最後かな」

と言っていた叔母は、今日はそのセリフを口にしませんでした。

食後会場近くまで車で送ってもらい、叔母に

「おばちゃん、またね」

と言って手を振ったら、叔母が車のドアを少し開けました。

母と従兄がそれを止めたようで、すぐにそのドアは閉まりましたが、あの時叔母は何を思っていたのかなぁ。

私には笑顔で手を振り、キョトンとした顔をする叔母を見ることしか出来ませんでした。

あまり長生きの家系ではないため、身内に80歳を越えた人は他にいません。

まだカラダはちゃんとしてるみたいだから、何だかんだ言っても、10年後もまた叔母と会えるかもしれないけど。

でももう、それが叔母にとって幸せかどうかは分からないなぁ。

割とクールにこの現実を受け止めているつもりだったけど、でも涙が出るということは、やっぱり私は寂しいと思ってるんだな。

叔母が「覚えていない」と言った時、私だけでなく従兄と母も涙を堪えていて、悲しくなると共に、この気持ちを親族で共有し合えるのって良いなとも思った旅の初日でした。

では、これから舞台「カリギュラ」行ってきます!
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