志村けんのように、コロナで死んでも親兄弟に看取られないまま焼いて欲しい

2020年04月01日
女ですもの 0

PR
志村けんの訃報には大変ショックを受けました。

お兄さんが遺骨を持った写真をNHKなどが掲載していましたがね。


志村けん―わたしはあきらめない

お兄さんがお見舞いに行けなかったこと、最後は棺越しに話しかけただけで、生前の愛用品を棺に入れることもできなかったこと。

最後に顔を見ることもないまま火葬したことをネットニュースで読むと、胸が痛くなります。

よそのご家庭の話として聞く分には、

「仲の良かったご兄弟が、最後に立ち会えないなんて可哀想」

と思います。

が、個人的には私は、別に親兄弟に最後の瞬間に立ち会ってほしいとは思いません。

昔はよく、後妻さんをもらう男性などが「死に水を取ってもらえれば」なんて言ってましたが、それももうどうでも良い。

ちなみに死に水は、あの世で喉が渇かないように、とか、蘇生を願う気持ちで、湿らせた脱脂綿で口元を濡らすことだそうです。

数年前に両親と兄夫婦と会った時にも

「死に際を見守って欲しいとは思わないよ。

そんなの見てもらっても、何にもならないし。

延命治療とかもしないで欲しい」


と伝えました。

延命治療をする時って、医師は「延命治療をしますか?」という質問の仕方ではなく、「ご家族が到着されるのを待ちますか?」という聞き方をするそうですね。

そこで「はい」と答えると、延命治療が開始となるのだとか。


実際に親御さんを亡くした方に聞いたら、

「そう言われたよ。いざそうなると、新幹線の距離に住んでるのもあって、『はい』って言っちゃう。結局それからすぐに亡くなったけどね」

と言われたことがあります。

正直なことを言えば、私は親兄弟の死に際を見るのが怖いです。

これもまた身近な体験話があるのですが、叔父が危篤状態だと病院から電話があった時、叔母は

「あ、あれ持っていかなきゃ…あ、あれも忘れた…鍵は閉めたかな?」

と何度も何度も車と家を往復し、それでも無理やり従兄弟が運転する車に乗せ、駐車場に着くなり叔母と従姉妹で病室に駆け込んだけれども、直前に亡くなってしまっていたそうです。

「おばちゃんってそういう心配性なところが元々あるもんね」と従姉妹に言ったら

それもあるけど、やっぱり怖かったんだと思う。

でも私は間に合いたかったし、お兄ちゃんが『お前らだけでも先に行け』って言ってくれてたのに…」

と、今も少し恨んでいるようなことを話していました。

その時に「私は親の死に目に会えなくても良いかな」と言ったら

「今はそう思っていてもね、いざその時になると、すごく悩むよ」

と言われましたが、まだ私にはピンと来ません。
PR
先程久々に兄にメールをしました。

こういう非常事態でも、兄から様子伺いの連絡が来ることはありませんし、両親もそういう連絡をするタイプでは無かったのですが、志村けんのことを受け、兄には伝えておきたいことがありました。

それは「もし私が志村けんみたいにコロナになって死ぬことになっても、お見舞いに来なくて良いし、袋詰のまま焼いて良いからね」ということです。

その前に向こうの状態も聞きました。

兄からは、兄夫婦は元気だと言う返信が来て、焼くことについては何も言及してきませんでした。

縁起でも無い話ですが、さすがに親に同じことは言い辛いです。

なので、遺言代わりに兄に伝えておくのがベストだと思いました。

キチンと処理され、手袋越しに私の顔に触れる、とかを両親がしようとしても、兄に伝えておけば止めてもらえるはずです。

もし自分の遺体から両親が感染したら、本末転倒ですからね。

お葬式で親族や同級生が棺の中にいるところを見たことは何度かあります。

とてもショックだったので、今も忘れられません。

それまでは「あー死んじゃったんだ」とショックながらも冷静だったつもりが、遺体の顔を見ると

「うわ…本当なんだ…もう帰ってこないんだ…」

と感じて、心は冷静なつもりなのに、涙がポロポロと出ました。

私はそういう気持ちを、両親や兄に感じて欲しいとは思いません。

親兄弟の中では、私はいつまでも小生意気な末っ子のままで良いんです。


とりあえず遺品に関しては、友人に後始末を頼みたいと以前伝えています。

高熱を出して寝込んだ時に

「もし私が死んだら、少ない貯金や本や服は、友達で形見分けして欲しい」

と伝えました。

今私が死んだら、どこでお葬式を挙げることになるか分かりません。

もしかしたら都内で焼いて、遺骨は実家に行くのかな?

ウチのお墓はもういっぱいなので、新しいのを用意しないとね、ともう何年も前から話には出ているのですが、決まってません。

母は樹木葬がいいかな~と言ってるので、それでも良いかな。

なにしろ父と兄が転勤族のため、大元の両親の田舎がある九州にお墓を買っても…でも東京とか神奈川とかに買っても…どうせこのままだと後のお参りする子供はいないかなねぇ…となっているので、どうしたものやら。

何にせよ、現時点では決定権は父にあり、その次は兄に権利があるというのが、日本の家庭というもの。

末っ子が言い出すのもな~とも思いますが、兄には私の後始末で面倒をかけたくありません。

両親はねーどう思うか想像しきれませんが、兄はまだクールに接するタイプっぽいし、兄嫁は超絶健康体だから、最後に残るのは多分兄嫁のため、私の遺志を伝えておいてよいはず。

志村けんのお兄さんのことを考えたら「お見舞いしたかったろう、最後に顔を見たかったろう」と思うのに、自分に置き換えるとそうは思わない。

なんだかそれに、自分でも不思議な気持ちになりました。

ちなみに、コロナだけでなく、新型インフルエンザ等の感染症で亡くなった方は、同じように非透過性納体袋に入れられます。

今、志村けんのお兄さんに「可哀想、顔を見たかったろうに」と言う方々は、ご自身は親兄弟にリスクを侵しても自分の遺体を見て欲しいのでしょうか?

想像力が無いのは、私の方でしょうか?

これは正解のない問題だと思います。

…とりあえず…急に妹からそんなこと言われて、お兄ちゃんも「…はぁ…」となったかな?

今こんな時だからこそ、独身は最後の身の振り方を考えておいた方が良いのかな、とも考えました。

ちなみに友人には、出棺の時にはB'zをかけてね、と言ってあります。

もうね…結婚式の入場時のBGMじゃなく、出棺の時の曲を話し合うお年頃になっているのでした…
関連記事