LGBTカップル

時々、以前書いた

●一橋大学のゲイ暴露転事件には、報道の偏りがある気がします

にコメントを頂きます。

昨日今日とまたコメントを頂いたのですが、昨日頂いたものは少し差別的に感じたので非公開にしています。

今日頂いたコメント

大学側の対応が前時代的なのは置いておいて
アウティングされた側が完全なる被害者と強調されるにはちょっと謎なんですよね、二か月の期間やアウティング後の脅しとも取れる返信を見てると。


を読み、私もまた改めてこの事件について考えてみました。


いくつかネット記事を読みましたが、告白された側の男子学生の気持ちが書かれているものがありました。

●一橋大ロースクール生「ゲイだ」とバラされ転落死 なぜ同級生は暴露したのか
悲劇を繰り返さないためには


この記事は中立的な立ち位置で書かれてるなと思いました。

振った側の男子学生も、距離感に悩んでいたことが分かります。

彼なりに当たり障りなく接しようと努力していたこと、それでも自分の態度を気にする男子学生に戸惑ったことが書かれていました。

そして、同性愛に偏見は無いと言いながらも、やはり自分が対象となったことに戸惑っていた気持ちも。


もう一つ、亡くなった学生から相談を受けていたLGBTの男性弁護士の記事を読みました。

同性愛者の立場から、アウティングがいかに相手を追い詰めるか、それは暴力と同じだ、ということが書かれていました。

●一橋大学ロースクールでのアウティング転落事件~原告代理人弁護士に聞く、問題の全容

私は実は、こちらの記事には少し納得がいかない、というか、それはちょっとどうだろう?と思っている部分があります。

「異性愛者には『なんでアウティングくらいで自死しようと思うのか』が分からない。

カミングアウトは自分の意志でするもので、アウティングは暴力だ」


という主旨の言葉には、同性愛者と異性愛者を隔てる意識を感じたんです。


この事件はとても悲しいものですし、今後同じような悲劇をくり返さないために、考えていくべきことは色々あると思います。

ご紹介した記事は2つとも、

「同じような悲劇をくり返さないために、告白した側も、された側も、悩んでいたら誰かに相談してください」

ということが書かれていました。

でも、一体誰に相談したら良いのでしょうか?

告白された側の男性学生が仲間内に話したら、それは「アウティング」と言われてしまう。

見ず知らずの他人に相談して、振った側と振られた側が納得のいく関係になれるようになるんでしょうか?

私は、自分を振った男性と最終的には気まずくなり、縁が切れていきました。

やはり振られた後もついつい「親しい友達」的な距離感を期待してしまい、それ以下の態度を取られると

「この人はいつまでも自分のことを蔑ろにしている…」

という被害者意識を持ってしまい、どんどんイライラしたり悲しくなったりしてしまったのです。

でも私を振った側の男性は、いつまでも期待し続ける私を面倒に思ったり、ワザと距離を置くことにより、必要以上に傷つけたくないと思っていたのかもしれません。
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今回のこの事件は「同性の友達に告白して振られた」というのと「グループラインで彼の性癖暴露をして傷つけた」という2つのことが混ざっているので、どちらに主軸を置いて考えるかで人それぞれ意見が分かれるのかもしれません。

私はちょっと腐女子ですので、LGBTの方が差別を受けることは許せません。

これまで男女共にLGBTの方には何度か会ってきました。

上京してきてから出会ったLGBTの皆さんは、特に私や周囲に隠していず、サラッと普通にカミングアウトされ、こちらも過剰に反応し過ぎないよう、好奇心満々の態度をとらないように注意をしてきました。

そして最近になって、LGBTの方々の中でも色んな価値観の方がいることが分かってきました。

●「ホモは気持ち悪い」と人々に思わせた保毛尾田保毛男の罪

で書いた保毛尾田保毛男のことを、ミッツ・マングローブは「こんなことで差別だなんて騒ぐ方がおかしい」という主旨のことを書いていましたね。

●ミッツ・マングローブ「保毛尾田保毛男を狩る、分別できない人たち」
連載「アイドルを性せ!」


でも私はやはりこのネタは今の時代放送すべきではなかったのではないか、と思っています。


実は昨日公開しなかったコメントは、「LGBTを差別するなと言いながら、周囲にアレコレと要求してくるLGBTの人の方が差別をしているのではないか?」というようなことが書かれていました。

これは、確かにたまに感じることがあります。

それはLGBTだけでなく、逆マタハラや子持ちアピールをするママさん等に感じるのと同じような感情です。

●マタハラVS逆マタハラ
●続・気遣わない働くママに、無言…

こちらは差別をするつもりはないのに、差別されている気になって弱者アピールをされても…とか、弱者であることを振りかざして横柄な態度を取られてしまい、困惑することってあるのです。


こうやってツラツラ書きながら、やはり女性の私には「アウティングされたことで精神的苦痛を覚えて鬱病になり、加害者の顔を見るだけでパニック状態になる」というのは、イマイチわからないのかもしれない、と思えてきました。

「振られた相手の姿が見えるだけでパニック状態になる」のは分かります。

何故「女性の私にはアウティングの暴力性が分からないのか?」というと、周囲の男性達を見ていると、同性愛者に過剰に反応し、嫌悪感や好奇心を抱く人が多いからです。


先日男性上司とある芸能関係者の話をしていた時に

「この人ってホモだったんだって」

と笑いながら言われました。

「そういう人多いって言うけどさー、ほらこの写真でも某有名人と寄り添ってるし。

そう思うと、この人が男性と写ってる写真は全部そういう関係か?って思っちゃうよねー」


と言われた時の笑顔に、私は差別的なものを感じました。

本当はそんな風に、同性なら誰でも恋愛対象では無いはずです。

腐女子の感じる好奇心と、男性が感じる好奇心は、別物だなと思います。

全ての男性が差別意識を持っていなくても、そういう人もまだまだいる。

よしながふみの「西洋骨董洋菓子店」の橘のように、トラウマがあって同性愛に嫌悪感を抱く人もいるのかもしれない。


西洋骨董洋菓子店 1

それは私には想像しか出来ないし、私が男性に

「男性から告白されてもアウティングしないで、差別意識を持たないで下さい」

と訴えても、既に差別意識を持っている人には届かない気がします。


最近、#metoo運動は男性が加害男性を責めることが有効なのではないか?と考えました。

●セクシー男優と結婚した「はあちゅう」の体張った芸人魂は好き?嫌い?

同じ性別の人が訴え合うことに、意義があるかもしれません。

私は「アウティングは『◯◯君は、◯◯ちゃんのことが好きなんだって』というのと同じようなもの」としか捉えられません。

そして、それが普通の感覚であるべきだと思っています。

「アウティングは暴力だ。本人が周囲に言いたいタイミングが来るまで待つべきだ」

という考えは理解できますが、そうしなくてはいけない理由は「差別する人がいるから」なんですよね?

でもLGBTを差別すること自体が間違っているのだから、そういう人に合わせて制限を設けるべきではないように思うんです。

だってLGBTは社会的弱者ではないはずだから。


私には、亡くなった学生さんのことを「失恋した相手と近くにいるのが辛かったんだろう」としか受け取れません。

いえ、そう受け取りたいんです。

「彼はアウティングを苦にして鬱病になった」

という風に思うと、そこには差別意識が生まれてしまうから。

LGBTは選民でも弱者でもない。

私が言っていることはキレイゴトなんでしょうか?

それでも、私は成人してから都内でLGBTの方々に会ったときに、彼らが普通にそう話してくれ、周囲も普通に受け入れているのを見てきています。

それより多くのLGBTを揶揄するような言葉を言う男性も見ましたが、「時代遅れの人」と思っていました。

一橋大学のアウティング事件に関しては、私はネット記事しか読んでいないので、何が本当で何が嘘かも分かりません。

とても悲しい事件だと思います。

出来ることならば、アウティングを理由にこのような事件が話題にならない世の中になることを、切に願います。
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