私は本屋で目立つ位置に置かれていたのでこの本を読もうと思いましたが、今話題の本だったようで、直近で読んだ方の感想がたくさんネットにありました。


カルト村で生まれました。【電子書籍】[ 高田かや ]

そして、その感想たちを読むうちに、私の中にまた疑問が生まれてきました。

それは、真っ向からこのヤマギシ会を「気持ち悪い!」と一刀両断する人たちの思考です。


私もマルチや宗教やヤマギシ会は否定的です。

しかし、「何故?」と問われたときに「普通じゃないから」という答えで終わらせるのは、それはそれで「洗脳」のような気がします。

「みんなと違うからおかしい」

そういう集団心理の怖さは、魔女狩りのような盲信的なものを感じます。

「法律で禁止されているから」

というようなことも、そもそもその法律に納得出来ているか?というと、あまり深く考えていず、

「だって親や先生が言ってたから」

というような、思考停止を感じます。


多分、宗教だのマルチだのやってる人は、このような「集団心理」はおかしい、という価値観で、また別の小さな集団に所属しているのではないでしょうか?

そうなると、ただの数の違いが問題なだけ。

「自由と平和」とは、カルトだろうが何だろうが、自分の意思で選ぶことが出来、そして自分と違う価値観の人を否定しないことから生まれるのではないか?

なんて考えてみても、そりゃ私だって「普通じゃない」と思うことをしている人は怖いです。

何故?と考えると

「意思疎通が出来ず、突然刃物を振り回して来そうな怖さがあるから」

という、被害を受けたら嫌だ、という気持ちから生まれてくる感情な気がします。


作者のかやさんが幼少期に受けていた体罰は、許せないモノです。

「大人が笑いながら猫の首を絞めていた」

というエピソードがあり、それを批判している感想もありました。

しかし、田舎では子猫を生き埋めにしたり、川で流すなんてことは、いまだにあると聞きます。

伊藤理佐や伊藤三巳華も、祖母が子猫を処分していたとエッセイコミックスで描いていましたが、最近でもまだ田舎ではそういうことはある、と先日耳にしたことがあります。


視えるんです。3【電子書籍】[ 伊藤三巳華 ]


そうなると、このヤマギシ会の大人だけでなく、今存命中の一般の人の中にも、この猫に関してはそこまで異様さは感じないでしょう。

私が子供の頃も、怪談のようなノリで野良猫に毒団子を食べさせる話は物語の中にありました。

犬猫は絶対的に守る、可愛がるもの、という思考は、割と最近の発想な気がします。


そもそもこのヤマギシ会がやっていたことは、江戸時代や戦時中なら当たり前にあったこと。

今はそんなことはしていないから「おかしい」と思うけど、当時はそれが「普通」だった。

じゃあ全てが過去より今の方が良くて正しいか?って言うと「古き良き日本」とかも言うじゃないですか?

無農薬野菜のこととかロハスな思考は、むしろ一般よりヤマギシ会の方が早く取り入れていた部分もあるようです。
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私の中の判断基準として、

「みんながやっていることは正しい」

という価値観ではなく

「自分の価値観とは違う」

と思えるかどうか?をポイントにしたい、というものがあります。

しかし、感想コメントが短いというのもありますが、とにかくただただカルト村を否定するモノが多く、そこに怖さを感じました。


なんだかそう書くと
「弱いものイジメはダメだよー」とか
「みんな一緒が安心って感じで怖いー」なんて思考っぽくて、それはそれで我ながらどうかとは思います。

「そういう価値観の人もいる。私は嫌いだけど」

と自分の意思で発言するのが、ノンポリっぽくてカッコイイって思っている自分もいます。

いや、まぁ私も「普通のOLなんて嫌だ」って思って技術職に就いたタイプなんで、そもそもみんなと一緒が気持ち悪いと思う口ですし。


ヤマギシ会の生活を「異常」「可哀想」と言うのは簡単です。

それを受け入れた人はみんな洗脳されてたんでしょうか?

私はそうは思いません。

それと引き換えに得られる「生活の安定」というメリットがあったと思うからです。

むしろヤマギシ会に両親が入っていなければ、ロクに勉強もせず、労働の知識も意欲も無く、行儀作法も知らず、自堕落なクズになった人もいたのではないでしょうか?


簡単に批難出来る人は、両親から十分な衣食住と教育と躾を受けることが出来た人ではないでしょうか?

村の子は1日2食で、体罰で食事抜きの日もあった、

手紙は検閲された、

炎天下に立たされた、

それは酷いことだけと、一般の暮らしで虐待を受ける子供は、もっと酷い生活をしていると言います。


かやさんはもちろん幼少期の体罰に今も心の傷を負っていますが、私には両親からの体罰の心の傷があります。

皆さんか「普通」と思う生活は、とても幸福な生活であり、平均よりレベルが高いのでは?

だからっておかしなことに我慢するのも変ですが。


と書いておいて、じゃあ新たに知り合った人が

「私はカルト村出身で…今は出たんですけど」

と言われたら仲良くなるか?というと…

かなり警戒して付き合うと思います。

少しでもおかしいと思うところがあれば

「ホラやっぱり!普通じゃない暮らしをしてた人だから!何しでかすか分からない!」

なんて思います、きっと。


みんな、ヤマギシ会の子供は可哀想、と思っても、自分の子供と一緒に遊ばせたくないんじゃないですか?

その子が体罰を受けていると知ったら、直談判するなり相談所に駆け込むなり、しますか?

触らぬ神に祟りなし
親の方針だから可哀想

そう言って、見て見ぬ振りをする人が大半だと思います。

「だってそれが普通だから」。


そんな保身に塗れた大人が、本当は正しくないことなんて、みんな頭では分かっていても、そうしてしまう。

それだって、カルト側から見たら異様でしょうね。

結局、みんなどこかおかしい。

その中で、自分は何を選択するか?

その倫理観は、幼少期の教育で決まっていく。

結局、何もかも洗脳って言えば洗脳じゃん。


私も別に哲学者でも何でもない、自分勝手な人間です。

差別だってイジメだってします。

好き嫌いなんていっぱいあります。

それを自覚した上で、他人を批判したい。

私が、世間が普通なワケじゃない。

だからこそ、自分なりの価値観を考えるために、この本を読んで良かった、と思うのです。
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