本屋で「カルト村で生まれました。」を見かけて、気になったから楽天koboで買って読んでみました。



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間違って続編の「さよなら、カルト村。 思春期から村を出るまで」を先に買ってしまい、そちらを先に読んだ上で、「カルト村で生まれました。」を読みました。



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カルト村=ヤマギシ会というコミューンで生まれ育った高田かやさんの、カルト村での生活を描いたエッセイコミックスです。


「カルト村で生まれました。」は主に小学生時代の話。

「さよなら、カルト村」は中学校、高等部のお話でした。

※ヤマギシ会とは…
日本各地や海外に「村」があり、独自のルールを設けて自給自足する集団。

入会時に財産は会に渡し、無報酬で酪農や会計や掃除などをする代わりに、生活に必要なものは支給される。

生産した農作物は「一般」にも販売。

子供にも労働させたり、退会時に財産が返却されずに裁判を起こされたことがあり、問題視された。


ヤマギシ会は以前ネットでヒッピーについて調べてたときに知りました。

友達が反原発の集団にカブれて、

「何で私はこんなに、友人が賛美する集団が気持ち悪いんだろう?」

と思って、その嫌悪感の理由について考えようと思って調べていくうちに出てきたヤマギシ会。

反原発集団とヤマギシ会はまた別物な気もしますが、私が「気持ち悪い」と思う共通点として、

集団で自分たちの信じる平和な桃源郷を盲信し、それを一致団結して布教しようとする人たちに対して、

新興宗教のような、閉鎖的で強制的な思考停止のような怖さがある気がします。

しかしまぁ、よく知りもしないで批判は良くない。

どうもヤマギシ会の農作物自体は、村の近隣では評判が良いという噂もあるし。

ということでちょっと関心はあったんです。


作者のかやさんは19歳で両親と妹と共に「村」を出ていて、描いている当時35歳の既婚女性だそうです。

両親が大学生時代に学校でヤマギシ会の募集ポスターを見かけ、大学中退をして入会し、その後2人が結婚してかやさんが生まれたため、かやさんと妹さんは「村」の中で生まれ育ったとのことでした。

幼少期の話のメインは

●親と離れて子供たちは集められ、世話役の大人たちに体罰を受けながら、従順な人間になるよう教育されたこと

●1日2食な上に、叱られると食事抜きにされ、空腹だったこと

●朝から子供たちは労働をさせられていたこと

●お金は持たされず、全て支給品を使っていたこと

など、まるで戦時中の疎開した子供のような環境で育ったということでした。


かやさんは「一般」の小学校、中学校に通い、村独自の「高等部」に進んだのち、一時中退。

「実習生」と呼ばれるはぐれ者の立場になった後、高等部に復学。

卒業後に「村人」になるか「一般」に出るかを選ぶ時に一般になると決め、

ちょうどその頃、「優秀な大人は一般に出る」というような村の意思があったようで、両親も一緒に村を出ることになったそうです。

両親が村を出るのは、会自体の人が増え過ぎてしまっていたからかも?とのこと。


全体的には、100%ヤマギシ会を否定はしていなくて、
「私には合わなかった」
という描き方はされています。

子供への労働や体罰は許し難い話なんですが、江戸時代の農民とか、戦時中の疎開中の子供の感覚に近い、というか、

これはこれで、農業に長けた人たちや、一部の人にとっては、アリなシステムかも?と思える部分はありました。

「洗脳」というと怖いイメージがありますが、そもそも「自由」を必要としていない人には、全員で助け合う生活は安心感がある気もします。


かやさんも子供の頃は
「村の中にいれば皆んながいるし、楽だからずっといたい」
と思っていたそうです。

それでも本を読むのが好きで、村では禁止されていた学校の図書館にそっと出入りし、たくさんの本を読むようになり、自分の意思を持つようになったそう。

そうやって自分なりの考えを持つことを会は禁止していたため、「個別ミーティング」と称して個室に閉じ込められたりもしていたそうです。


発言するときは、村の大人が満足する、従順な回答ができなければダメ。

その従順のルールも、未来のことを想像したり、夢見がちになることはダメで、

「みんなと一緒にいるのが幸せであり、成長」
という、とても閉鎖的な価値観だったとか。


そしてかやさんが村を出る決意をしたのは

「子供の頃、ずっと両親と過ごしたかった。

…なんでそれが出来なかったんだろう?」

という疑問を持ったことと、

「村の仕事で得られるのは自分の成長と言われているけど、一般の仕事は金銭がもらえる。

一般の方が分かりやすい」

と思ったことだそうです。


「何もやりたいことがない」
「競争社会で生きていけない」
という人にとって、他者に決められたルールにただただ従っていればいい、システマチックな生活は、ラクチンな気がします。

私はそもそも集団行動が嫌いだし、自由な行動が出来ないのは嫌だけど、その分他人との摩擦や、自分の将来に対する不安があります。

今現在も会はあるようですが、誰でも入会出来るワケでは無いようで、

「ホームレスになるよりマシかもー」
ってノリでは入れないようです。


農家の方々が全国や世界で一つの会社として仕事をする、と思えば、これは災害時にかなりメリットがあるシステムですよね。

○県の農場が台風で大被害を受けた、って時にも、別の地域の人たちと助け合える。

決められた仕事さえしていれば、料理や洗濯や掃除をしなくて良い。

ただただ従順に、会の方針に合わせた発言や行動をすればいい。
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実際には私はこの集団の方々に会ったことは無いし、入りたくないし、自分の子供をここに預けるなんて無理!とは思いますが、

でも「洗脳」ではなく「躾」「教育」と思えば、下手にロクに躾も出来ない親が子供を育てるより、ずっとマシな気もします。

引きこもりのニートになるより、ロボットのように働く人になる方がマシってこともあるのでは?

食べ物は無農薬で新鮮みたいだし。


ただ、このシステムでずーっと暮らすのって、結局高齢化社会の問題とか、男女差別とか出てくるし、子供たちにはキツイですね。

ダメ人間から見たら天国なんだけど、会はダメ人間は認めないワケで、結局従順に働かないとダメ。

海外でもヒッピー集団が破綻したのは、やる気の無いダメ人間の面倒を見させられる真面目な人がいなくなったから、だと言います。

そりゃ競争意識を持たなくていいなら、手抜きしたがる人も出てくるし、

強制的に全員をヤル気にさせる、なんて無理だろーなー。

頑張ってる人がいたら、手を抜く人が出てくるのは、どこも一緒のはず。


かやさんの話を読むと、「村」の中のダメ人間は差別を受けて白い目で見られることもあり、脱走する子供たちもいるとのことでした。

赤ん坊の頃から従順になるように育てられていても、本やテレビの影響で自分の意思を持つようになるということで、

某国のように情報規制をすることで、他の発想をさせないというのは、統制のためには必要なことなんでしょうねー。


「自由」と引き換えに「安定」を手に入れる。

これはカルトでもカルトじゃなくても、選択肢としてはあることで。

それでもやはり「気持ち悪い」「嫌だ」と思ってしまうのですが、その理由は何だろう?と考えると、

私は自由に暮らしながら安定するために頑張りたいし、それを手に入れるのが幸福だ、

と思う気持ちの方が圧倒的に強いからです。


こういうコミューンって、結局は小さな「国」みたいなものですね。

鎖国状態では国自体の存続が危うくなるかもしれない。

他国と国交を持つことにより、国を出て行く人もいる。

王様の意思に従って、真面目に働かないといけない。

私はマルチも宗教もヤマギシ会も、やっぱり嫌なんですけど、でも結局「日本」が決めたルールの中で生きてるですよね。

「自由」って何だろう?と考えさせられる本でした。
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