ちょうどテレビをつけたら、NHKで「ファミリーヒストリー」をやっていました。

今回はピエール瀧。
ちょうど最近友人たちが電気グルーヴの映画を観に行ってました。


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ピエール瀧は静岡県出身ですが、祖父秀治さんはお父さんが11歳のときに亡くなり、日本画家だったということしか分からないそうです。

「日本画で食べていけたとは思えないし、どうしていたんだろう?」

ずっとピエール瀧は思っていたそうですが、調べていくと、秀治さんは静岡の大きな呉服屋の6男。

今はその呉服屋跡は更地になっていますが、昨年までは大きな蔵が残っていたそうです。

日本画家を目指し、絵描き仲間と勉強をしていた秀治さんは、熊本であった絵の博覧会で、案内役をしていた美人と恋に落ち、駆け落ちして結婚したそうです。

画家として芽が出ず、頼まれた絵を描いて暮らしていた秀治さんは、その後静岡に帰りました。

そして、やはり頼まれた絵を描きながら暮らしていた頃に第二次大戦が開戦。

当日、頼まれて千人針に虎の絵を描いていたそうで、今もその絵が残っていました。

戦後間もなく、秀治さんは結核にかかり、49歳で5人の子供を残して亡くなったそうです。


そんな父を見ていたピエール瀧のお父さんは、堅実に真面目に印刷会社で働き、25歳でお見合いでお母さんと結婚したそうです。


次はお母さん方を辿っていきます。
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ピエール瀧のお母さん照子さんは佐賀県吉野ケ里遺跡の近くの出身。

照子さんは家庭が貧しかったため、看護学校へ行き佐賀県の病院で看護師として働いていたそうです。

しかし安月給に耐え兼ね、看護学校時代の先生に相談をしたところ、静岡の精神病院勤務を勧められて、19歳で静岡に引っ越しを決めたそうです。

そして、一生懸命働いていたころにお見合いを勧められ、やせっぽちの正臣さんと結婚。

お父さんは熊本出身、お母さんは佐賀出身と、共に九州出身だったため意気投合したそうです。

お父さんの印象は

「やせっぽち。52kgしかないって言われたのをよく覚えてます。
私より軽いって思ったから。」

そして、正則=ピエール瀧が生まれたそうです。

両親共に家庭が貧しく、中学を出たら働かなければいけなかったため、子供には好きにさせることにしたので、ピエール瀧は好きに音楽の道に進むことが出来ました。

両親は電気グルーヴの音楽は全然理解出来ないそうですか、

「龍馬伝に出る」
と電話をもらったときはビックリしたそうです。

真面目に働いてきた堅実な、看護師長まで勤めたお母さんは、今でも芸能界で働く息子にちゃんと仕事があるのか、とても心配して泣いていました。

ピエール瀧って、とても良いご両親に育てられていたんですね。

お父さんは秀治さんの影響か、定年後は絵手紙を描いているそうです。

そして、最後に、秀治さんの絵が新たに見つかりました。

秀治さんが描いた虎の絵が描かれた千人針を持って戦地に赴き、無事に帰ってきた望月さんのお宅に、今も額に入れて飾られていました。

望月さんにとっては、無事に帰れた記念の宝物だったそうです。

ピエール瀧の両親はその千人針を見せてもらいに行き

「描いてる途中は子供の頃たくさん見たけど、完成品は78年生きてきて初めて見た」
とお父さんも感動していました。

各家庭、辿っていくとたくさんのドラマがありますね。

この番組、ホント面白いなぁ。

以前は浅野忠信のファミリーヒストリーを観ましたが、そちらもとてもドラマチックでした。

よろしければこちらに書いていますので、どうぞ!

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