博多と福岡の違いをご存知ですか?

町人の街が博多
武士の街が福岡

江戸時代に黒田の殿様がお城を作り、
地元岡山の地名「福岡」を付けたのが、今の福岡。

境には石垣があったそうで、今でも一部石垣が残っているそうです。


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太閤町割で豊臣秀吉が区画を作った博多には、
今でもその区画が残っています。

大博通りを基準に太閤町割は作られたのですが、
平安時代には博多は2つの大きな砂丘だったため、
その境目だった場所が大博通りとなっているので
高低差があるんだそうです!

知らなかった!

私自身子供の頃から何度も福岡には行ってますが、
親戚の家近辺とデパートしか行っていなかったので、
全然博多の歴史なども知りません。

ので博多が元々砂地だったことも、
弥生時代の遺跡発掘調査がされてることも知りませんでした。


お次は櫛田神社。
博多祇園山笠の舞台となっている神社です。

この神社の裏側にはタモさんが高校生のときから
気になっていた高低差が!
ここには名物の焼きもち屋さんもあります。

古代には櫛田神社の裏は港だったので高低差があるんだとか。

また江戸時代は博多には職人さんが多かったそうで、
博多鋏の職人さんが番組に登場しました。


マルシュー 博多型鋏 160 直

今は博多鋏を作っている職人高柳さんは
1人だけになってしまっているそうです。

古民家がほとんど残っていない中で、
なんとか残して伝統を守っている高柳さんは、博多の中では変わり者。

鴻臚館という有名な建物も、
かつてどこにあったのかちっともわからなくなり、
球場を整備したら遺跡が出てきてビックリしたくらい、
博多の人は歴史に興味がなく、新しいもの好きで、
古いものには見向きもしない人が多いとか。

確かにそれはあるかも…


お次は聖福寺。
本来は高い土地だったけれど、
少しずつ下に下がっていったのだそうです。

朝鮮の鐘がある聖福寺。
本来は太閤町割の前には、この聖福寺を中心に街が拡がっていて、
そしてタモさんが子供の頃にはこの近くに蓮池があったんだそうです!

今は無い池の記憶を持っていたタモさん、謎が解けてスッキリ!


秀吉が朝鮮征伐の拠点にした九州は、
その前からずっと古くからの文化があり、
その交わりの名残が今もあるというのも驚きでした。

道のちょっとした斜めには意味があるんですねぇ。
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最後は博多2千年の歴史が一目で分かる場所!

HKT203という博多発掘調査の現場には、
弥生時代から江戸時代の複合遺跡が出てきているそうです。

九州には中国や朝鮮から輸入されたものが沢山残ってるんですよねぇ。

タモさんも11世紀の土師器を発掘!

甕棺墓の人骨まで発掘!
タモさんに会いたかったのか、ロケの朝に発掘されたんだそうです。

いやー博多にはそんなに古い歴史が
地層になったり折り合いを付けながら残ってきていたんですね。


私の曽祖父が御典医をしていたらしく、
当時遊び歩いたという芸者さんのお店に幼い祖母が迎えに行っていた、
という逸話を以前従兄弟に聞いたのですが、
そのお店も近くにあったんだろうなぁ、
と思うと感慨深いです。

あー今夜のブラタモリも面白かった!
次回の福岡の鉄道も楽しみです!

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